◆ 加齢とホルモン分泌
●ポイント
・成長ホルモンは、加齢により基礎分泌や反応性が低下する。
・潜在性甲状腺機能低下症への補充療法が今後推奨される。
・ACTH分泌は加齢で不変だが、DHEA-S分泌は減少する。
・性腺ホルモン濃度は、男女ともに加齢により減少する。
・抗利尿ホルモンの低下で、高齢者は脱水に陥りやすい。
●はじめに
本邦では現在、アンチエイジングが注目され、抗加齢医学の発展が期待されている。同医学は、内分泌や代謝、動脈硬化、栄養、運動器、感覚器など、幅広い領域をカバーしている。
内分泌系は、視床下部・下垂体・標的臓器という軸によりコントロールされている。ホルモンの正常値は、明確に設定するのが難しい。その理由として、脈動的なホルモン分泌、日内変動、刺激試験や抑制試験の検査と解釈、個人差、加齢による変化などがある。従って、正常か異常かではなく、標準範囲という考え方で、判断しなければいけないこともある。
本稿では、臨床を支える基礎的なバックグランドとして、加齢に伴うホルモン分泌の変化や内分泌系の基本的な事項について解説を行う。また、関連した内容で、近年明らかになった新しい事項についても合わせて紹介し、概説させていただきたい。
●成長ホルモン
成長ホルモン(growth hormone,
GH)をはじめとして、主なホルモンにおける加齢による変化を、表1に示した1,2)。
GHは、視床下部からGH放出ホルモン(GH-RH)とソマトスタチン(somatostatin)によって調節されている。下垂体からのGHの分泌は脈動的であるので、GH系の全体の分泌量は、インスリン様成長因子(IGF)-1の濃度で判断する。
GHは、組織や細胞に対する同化作用として、IGF-1を介して肝臓、骨、筋肉、性腺に対する蛋白合成や細胞増殖がある。また、抗インスリン作用として、糖質・脂質代謝に関わる。
1. 加齢でGH分泌は低下
GHの分泌は睡眠中に多い。入眠後の数時間に、1日分泌量の約8割が分泌される。小児から成人前まではGH分泌が多いが、加齢とともにGH分泌が低下する。そのパターンは、脈動的なGH分泌の頂値が低下してくる。また、外因性GHRHに対するGHの増加反応も加齢とともに減少する。IGF-1濃度は加齢とともに低くなり、IGF結合蛋白(IGFBP)-3の濃度も低下する3)。
この理由は、下垂体よりもむしろ視床下部にあり、GH-RH分泌低下が主でソマトスタチン分泌亢進も関与しているという。これにはカテコラミン、セロトニン、アセチルコリンなどを含むニューロン支配が関わっており、この加齢変化が原因の可能性がある3,4)。
臨床的には、GH分泌不足が小児期にみられると、成長ホルモン欠乏性低身長症(小人症)をきたし、治療としてGHが注射される。低身長の成人にGH注射を継続すると、体脂肪の減少や毎日の健康感の高揚が報告されている。成人の場合、健常人が通常感じる「健康感」の保持に、GHが重要な役割を演じているとされる。このために、欧米では政治家や俳優などが自由診療でGH注射を受ける場合がある。
2. GH関連のグレリン
GHに関連するホルモンとして、最近発見されたグレリン(ghrelin)がある。ラットおよびヒトの胃から発見された新規のGH分泌促進ペプチドである。胃の内分泌細胞に多くあり、視床下部弓状核にも僅かに存在し、GH分泌調節に関与しているという。グレリンは、オーファン受容体の一つ成長ホルモン分泌促進因子受容体(growthhormone secretagogue
receptor, GHS-R)の内因性リガンドである。
加齢に伴うGH分泌の低下は、下垂体や視床下部性(ソマトスタチンの賦活化)によるとされるが、GHSによる刺激試験でGHRH負荷ほどのGH反応の低下がなく、GHSとGHRHの同時投与では高齢者でもGH分泌が亢進し、効果は若年者と違いはなかった。これらのメカニズムが現在解明されつつある5)。
●甲状腺ホルモン
甲状腺機能は、通常TSH, free T4, free
T3が測定される。この中で一番敏感な指標はTSHである。TSH濃度は加齢とともにやや低下する6)(図1)。この理由として、TRHの分泌低下によってTSHの分泌と濃度が低下するという説と、T4のnegativefeedbackに対するTSH産生細胞がsupersensitiveのためにTSH分泌が抑制されるという
説がある6)。
1.FT4は不変、FT3は低下
T4は、活性があるT3と活性がないreverseT3とに転換される。加齢とともにreverseT3への転換の割合が高くなり、T3およびfreeT3(FT3)が低下する。また、加齢によりT3の代謝は不変~やや亢進するため、高齢者では低T3症候群またはnon-thyroidal illness(NTI)がみられやすい。一方、T4は加齢で分泌量が低下するが、ヒトでは5'脱ヨード酵素活性が加齢で低くなりT4の代謝も遅延するため、T4およびfree T4(FT4)は不変である7)(図1)。
中年から高年の日本人女性では、抗サイログロブリン抗体や抗ミクロゾーム抗体が陽性となり、慢性甲状腺炎が多い。頚部に甲状腺の腫大がみられることもあるが、自覚症状は全くない場合が多い。本症は自己免疫疾患で、甲状腺ホルモンは正常からやや低下する。この場合、検査結果からすぐ治療を始めず、精査し経過をみた上で判断するのがよい。
2.今後は補充が推奨
従来、甲状腺系のアンチエイジングに関して、加齢によりTRHに対するTSH反応性の低下が知られている。しかし、臨床的には、高齢でも甲状腺機能は保たれ、特に治療や補助的方策は必要ない、と考えられてきた。
しかし、最近では新しい考え方が認知されつつある。それは、free T4, free T3が正常でも、ややTSH濃度が高い高齢者は、潜在性甲状腺機能低下症と考えられる。本例に甲状腺ホルモンを補充すると、血清脂質、心機能、動脈硬化、精神活動などの改善がみられる。従って、高齢であっても積極的に治療をスタートするのが望ましいという意見が多い7,8)。
●下垂体・副腎系
副腎皮質からは糖質コルチコイド、ミネラルコルチコイド、および副腎アンドロゲンの3系統のステロイドホルモンが分泌されており、下垂体からのACTHの支配を受けている。
1.糖質・鉱質ステロイド
糖質コルチコイドとして、生命の維持に必須のコルチゾルがある。CRH-ACTH-コルチゾル系のアンチエイジングについて、加齢による大きな変化は認められない。すなわち、基礎分泌や日内変動に変化はなく、様々な刺激による視床下部からのCRH分泌や下垂体からのACTH分泌、コルチゾルの合成・分泌にも加齢による大きな変化はない。生命の維持に最重要なものと関連しているためと考えられる。
ミネラルコルチコイドとして、アルドステロンが、水や塩分を調節している。レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(R-A-A系)は、加齢とともに調節能が低下してくる。基礎分泌量の低下、立位負荷や食塩制限などの刺激に対して、反応性は高齢者で60-70%低下するという。以上から、高齢者は、水や電解質の変化には弱く、脱水に陥りやすいのである。
2.DHEAとDHEA-S
加齢に伴って、副腎アンドロゲンであるDHEAおよびDHEA-S濃度は低下する9)(図2)。高齢者での両者産生の低下は、17,20-lyase活性の低下による。血中ではDHEAはDHEA-Sの0.1~1%程度と微量で、血中アンドロゲンのほとんどはDHEA-Sである。ただしこの活性はテストステロンの5%ほどと非常に少ない。
DHEAとDHEA-Sは、20歳代に血中濃度が最大になる。その後、加齢とともに濃度が直線的に減少するため、老化現象との関連が注目されている。疫学的調査では血中DHEA濃度が高いほど長命で心疾患が少なく、DHEA-Sは老化の生物学的指標としても考えられている10)。
様々な研究により、アンチエイジングに対するDHEA-Sの有用性が期待されている。その作用には、抗糖尿病、インスリン抵抗性改善作用、抗肥満作用、抗動脈効果作用、免疫機能調節作用、腫瘍増殖抑制効果、脳血管痴呆や筋緊張性ジストロフィーに対する効果、健康観の改善などがある9)。
●性腺系
1.男性ホルモン
男性の場合、代表的な男性ホルモンは、睾丸から分泌されるテストステロン(T)である。20~30歳でピークとなり、その後次第に分泌は低下する。平均的な血中濃度は、70歳代男性では、20歳代の70%ほどであるが、比較的個人差が大きい。Tの低下でLH濃度が上昇する。
男性における性腺系では、視床下部からLH-RH(Gn-RH)、下垂体からLHとFSH、睾丸からTが分泌される。また、インヒビンは睾丸から分泌されFSHの分泌を抑制する。男性は加齢とともに、Tとインヒビン濃度が低下してくるので、老化の指標となりうる。
このインヒビンとFSHの逆相関関係は、TとLHの逆相関関係よりも、早期に明らかに認められる。従って、加齢に伴うSertoli細胞の機能低下は、Leydig細胞の機能低下よりも早期に出現していることが示唆される。
最近は、女性の更年期と同じように、「男性にも更年期がある」、と言われてきているが、その詳細は、今後の検討を待ちたい。
2.女性ホルモン
女性は50歳前後に更年期に入り、女性ホルモンの分泌が激減してくる。医学的には、代表的な女性ホルモンであるエストラジオールの濃度が、成人の濃度よりも70-90%も低くなる。これに伴って、閉経後には、LHは閉経前の3~4倍、FSHは5~10倍程度の濃度に上昇するが、この上昇は60歳を超えると低くなってくる。
このような女性ホルモン濃度の激減のために、骨粗鬆症や、いわゆる自律神経失調症としての症状(のぼせ、発汗、倦怠感、フラフラ感など)が出現する。このような症状が顕著な場合、ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy, HRT)が行われる。
●他のホルモン系
1.プロラクチン
女性のプロラクチン(PRL)濃度は、閉経前後から低下するという。この理由は、エストロゲン低下のためである。一方、男性ではPRL濃度は変化しない4)。
2.抗利尿ホルモン(ADH)
抗利尿ホルモン(ADH)は腎臓に働きかけ、尿を濃縮し、水を体に貯留させるように作用する。加齢により、腎臓の反応性が著明に低下してくる。その結果、尿を濃縮できにくくなり、薄い尿が大量に出てしまう。水を身体に保ちにくくなり、循環血液量の維持が難しくなる。
これには、ADHの日内リズムが関係しており、若年では夜間にADH分泌が増加するので夜間排尿は少ない。一方、高齢者では夜間のADH分泌増加が起こらないので、夜間頻尿が起こる。
以上から、高齢者では、RAA系やADHの加齢による反応性の低下により、脱水症に陥りやすいと言える。さらに、加齢による口渇中枢の鈍化があり、やや脱水傾向があっても、口渇を感じにくく、口内乾燥感が軽度で、水分摂取が少なくなるのである。
3.カルシウム代謝
体内のCa代謝は、副甲状腺ホルモン(PTH)、カルシトニン、ビタミンDの3者が関与しており、その中でPTHの影響が大きい。加齢とともに、PTHの基礎分泌量は高くなり、カルシトニンの基礎分泌は低くなり、ビタミンDは不変~やや低下、とされる。
高齢者で大きな問題のひとつが骨粗鬆症である。まず、加齢に伴うCa吸収の低下があり、それに対してPTHの持続的な過剰分泌を来す。これらが骨のターンオーバーの上昇や骨吸収の亢進をもたらし、骨粗鬆症が起こるというメカニズムが一般的に受け入れられている。
4.メラトニン
メラトニンは松果体から分泌され、すべての動植物に同じ分子構造で存在する。生物が有する生体リズムに関わり、人の睡眠覚醒に影響する。メラトニンは夜間、神経を沈静化させる作用があり、分泌は夜間に高く、目覚めで分泌が止まるという日内変動が認められる。加齢によってメラトニン分泌量が低下するため、高齢者では睡眠障害が多い11)。
おわりに
加齢に伴うホルモン分泌の変化、および本書で必要な関連事項について、概説を行った。本稿が基礎となって、今後のアンチエイジングの発展やホルモン補充療法の理解や実践に、少しでもお役に立てば幸いである。
文献
1) 板東浩. 内分泌のアンチエイジング. アンチエイジングの科学. 現代のエスプリNo.430, 至文堂, p75-84, 2003.
2) 葛谷文男. 内分泌・代謝疾患. 老年の診療, 最新内科学体系No.79, 井村裕夫,他編, 中山書店, 東京, p201-209, 1995.
3) 千原和夫.視床下部ー下垂体ホルモンとアンチエイジング(抗加齢)医学. アンチエイジング医学の基礎と臨床. 日本抗加齢医学会編. メディカルビュー社、p63-65, 2004.
4) Lamberts SWJ: Endocrinology and aging. Williams Textbook of Endocrinology, tenth edition, Larsen PR, et al, eds, Saunders,
Philadelphia,p1287-1298, 2003.
5)
細田洋司、寒川賢治. グレリンと成長ホルモン. 日老医誌40:341-343, 2003.
6) Hornick TS, Kowal J: Clinical epidemiology of endocrine disorders on the elderly. Endocrinol Metab North Am, 26: 145-163,
1997.
7) 安部好文.高齢者の内分泌疾患. Medicina 39:1380-1382, 2002.
8) Cooper DS. Subclinical hypothyroidism. N Engl J Med 345: 260-265, 2001.
9) 後藤公宣. 副腎アンドロゲンdehydroepiandrosterone(DHEA)の抗老化作用.
日老医誌40:339-340, 2003.
10) 山田佳彦、関原久彦. DHEAの老年病予防効果. 日老医誌40:421-428, 2003.
11)
米井嘉一. 視床下部ー松果体(メラトニン). アンチエイジング医学の基礎と臨床. 日本抗加齢医学会編. メディカルビュー社、p91-93, 2004.
図1 free T3, TSHの加齢変化 6) から引用
図2 ステロイド代謝マップ 9) から引用
図1、2、は割愛
表1 加齢による内分泌系の変化(1,2)を改変)
ホルモンの種類 基礎分泌 刺激後の 標的器官の
分泌反応 反応性
成長ホルモン → ↓ ↓
IGF-1 ↓ ↓
LH, FSH ↑ ↑ ↓
プロラクチン ↑ →
ACTH → →or↑ →
TSH → →or下 →
ADH → ↑
T4 → →
T3 下 →
副甲状腺ホルモン ↑
カルシトニン ↓ ↓ ↓
インスリン ↓or→ ↓ ↓
コルチゾル → → →or↓
アルドステロン ↓ ↓
ビタミンD ↓
テストステロン ↓ ↓ ↓
DHEA ↓ ↓ ↓
DHEA-S ↓ ↓ ↓
エストロゲン(男性) →
エストロゲン(女性) ↓ ↓ ↓
Copyright © 2023 (株)メディカルリサーチ All Rights Reserved.